2006年03月05日

種世界の設定

AAはテロリストだからよくない、という批判が多い。
いや、テロリストだっていい。(と言うとすごく語弊があるが)
世界を敵にまわす覚悟や確かな信念があってしていることならば。
<国家のみが軍事力を有することの正当性を持ちうる、というのは
近代国家への信頼からくる常識だが、別に国家という枠組みは絶対ではない。
人類は近代国家や民主主義なしでやってきた歴史の方が長いのだ。
だいいち、種世界の国家は信頼に足る近代国家ではない。
抑止力という概念がなく殲滅戦争に発展する、独裁者を容易に生み出す政治など
我々の世界の常識で捉えないほうがいい世界らしい。>
実際は悲壮感がまるでなく、修学旅行気分で行き当たりばったりの
行動をくり返しているだけだった。
カガリをさらったのはスカンジナビア王国のコネを利用するためか?
「力を持つものなら、その力を自覚しろ!」
アスランのこの台詞、シンよりキラに言って欲しかった。

アスランがザフトに復帰する際、たかが一軍人に世界を変える力はない、
何を思い上がってるんだコイツは!と思ったが
福田監督のインタを見ると認識を改めなければならないようだ。
議長はラクスの元にキラ+フリーダムがついていることを恐れていたし、
デスティニー・レジェンドの戦闘力があればプラントに逆らうものはいない
とインタで答えていた。
つまり、一騎当千のカスタム機+最強のパイロットがいれば世界を支配できる
というのがこの世界のルールらしい。
アスランもまた世界の趨勢を左右する人間の一人ということだ。
まるで三国志演義か水滸伝か、ヒロイックファンタジー
(これは種の頃からよく言われていましたね)かといったところだが、
作っている人間がそういう認識なのだからまあいいだろう。
同じ事がロゴス幹部にも言える。グローバル企業というのは個人の意志ではなく
システムとして動いているので、議長がかれらを捕らえたとしても世界は変わらない。
ナンバー2以下の人間が繰り上がるだけだ、普通は。
だがこの世界を卓越した個人が動かしているものとして描きたいならそれでもいい。
本編でそうと分かる描写を入れてくれれば。
プロデューサーか誰かが、リアルな戦争を描いたアニメと盛んに宣伝していたが、それは看板に偽りありなのでよろしくないが。


ガンダムはいちおうSFだから何もかも現実世界と同じである必要はないし、
組織の力がものをいう現実へのアンチテーゼをテーマにしたいならそれでいい。
ただ、我々の常識とかけ離れたものを提示するにはより強い説得力、リアリティ
が必要である。
そういう描写をすっ飛ばしているから叩かれるのだ。
(典型的なのは世襲制国家でもないプラントで、議長の娘にすぎないラクスが
なぜあれほどのカリスマ性を持つのか、理由は一切明かされなかったこと)
posted by backtoCE71 at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ガンダムSEED(アニメ本編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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